エジプトⅢ

 

早朝、飛行機でカイロに到着。ここから先はバスでの移動。

本日の一発目、モハメッド・アリ・モスクへ…と、行ったものの朝早すぎたのか、まだ門が閉まっている。

(ど―なんだろ、この段取り)ここのモスクはイスタンブールのブルーモスクを真似て造られたという事で、中も見たかったのだけど、仕方ないので外観だけ撮影。

次はピラミッドのあるダハシュールとサッカラへ。

モハメッド・アリ・モスク外観。
この写真でもわかるように、妙に空がガスっている。
そしてバスを走らせ市内に入ると、なんと!ガスっているどころではなかった。

こんなでした。
キャー!!真っ白!どーしちゃったのこれ?
(バスのフロントガラス越しに身を乗り出して撮影)

 

これはカメラに紗をかけて撮ったわけでも、朝靄とかで白いわけでもない。

なんと、光化学スモッグだということが判明!そこにPM2.5 や砂漠からの細かい砂まで混じっているのだと誰かが言っていた。カイロの街、怖すぎるやん!

日本の花粉からやっと逃げてきたのに、ここでもマスクは手放せないのか!実際、この日はマスクなしで外に出ると喉の奥や鼻がイガイガして辛かった。

これじゃピラミッドがどこにあるのかも見えやしない。(北島康介風に言えば“なーんも見えねぇ”ってやつだ)

<ダハシュール>

そして屈折ピラミッドに到着。ガスっているうえに逆光!

スネフェル王(クフ王のお父さん)の屈折ピラミッド

でもまあシルエットピラミッドってことで、敢えてフレームの中に太陽を入れ、ピラミッドの露出値をかなりアンダーに潰してみた。大気が真っ白で何も写らないのでは困るけど、

とりあえず被写体はしっかり確認できるのだから、あとはどう料理してカッコよく見せるかしかない。

嘆いても仕方がないから、写真的にはこれはこれでOKってことで!

ロケはあきらめが肝心だ。

左下遠―――くに薄っすらと小さく見えるピラミッドがあとで行く階段ピラミッド!(たぶん)

私はエジプトに来るまで、ピラミッドは3つぐらいしかないものだと思っていた。でも無名の物も含めるとかなりの数が点在するということがわかった。いまだ地中に埋まっているものもあるとか・・・

こちらもスネフェル王が造った赤のピラミッド。エジプトでは3番目に高いピラミッド。

<サッカラ>


こちらがジョセル王の世界最古の階段ピラミッド。(さっき屈折ピラミッドから遠くに小さくみえていたヤツ。たぶん)

死んだファラオの魂が階段を昇って天国に行けるようにということで階段になっているとか?もっと近くまで行きたかったけど、時間の関係で今回はサクッと通っただけだった。

今この写真見て気がついたけど、、、もしかして私、このラクダおじさんに怒られてます?拡大して見てみたけど、顔は怒ってはない。じゃポーズとってくれたのかな?

そんなわけないな。まっ、いいか!シュクラン!

 

絨毯工房で。 どこの国でも子供はカワイイ!
今回、いたるところで現地の子供たちが手を振ってくれたり、言葉をかけてくれたりした。
みんな純真無垢な綺麗な目をしていたなぁ。

 

ランチを食べたレストランの離れで母親とパンを焼いていた少女。

 

中世の絵画みたいだなぁ。

羊の群れかと思ったら子牛だった!
牛もアスファルトの上は歩きづらそうだ。

早めのホテルチェックイン。ピラミッドが見えるお部屋が売りのホテルだ。見えると言ってもどうせ米粒ぐらいの大きさだろうと思っていたら、あらっ、意外に大きい!

ジャーーン!お部屋からバルコニーなめのピラミッド。
あれに見えるは、クフ王様とカフラー王のピラミッドだ!ナイスロケーション!(ガスってるけど)

<三大ピラミッド>

さて、いよいよ最終日。

三大ピラミッド&スフィンクスである。

まだ砂嵐の時期ではないけど、昨日は砂埃やら何やらが舞っていて視界が良くなかった。

が、どうです!今日のこの素晴らしい天気。

遥か彼方の日出づる国から重いカメラ機材と厚さ1㎝ほどの防弾チョッキと浮袋を持ってこの地にやってきた旅人を天は見放さなかった!

今朝はなぜか外が白くない!昨日の光化学スモッグはどこに?

泣いても笑っても今日は最終日である。朝、荷物をパッキングして預けたら、次の宿泊先は飛行機だから、もう日本に帰国するまでスーツケースを開けることはない。三大ピラミッド観光が最後の最後に組まれていて、スケジュール的に慌ただしく嫌だなぁと思っていたけど、こんなにいい天気に恵まれたのだから文句はない。

 

<ギザ>

三大ピラミッドはクフ王、カフラー王、メンカウラー王の陵墓とされている。その3つのピラミッドの位置関係はオリオン座の星の位置を表しているらしい。ホントかなぁ~?ナイル川とピラミッドの位置関係はまさに天の川とオリオン座の位置関係と全く同じなのだそうだ。ピラミッドは不思議なことだらけである。

 

左から、クフ王、カフラ―王、メンカウラー王のピラミッド。
(3つのピラミッドの中でパッと見1番大きく見えるのは真ん中のカウラ―王のピラミッドなのだが、遠近法はもちろんのこと、カフラー王のピラミッドは高台に建っているから大きく見えるのだそうだ。
実際はクフ王のピラミッドが1番大きい。)

<クフ王のピラミッド>

エジプトで1番大きいピラミッド。

その大きさと美しさはまさに衝撃的だ!死ぬ前に1度は行きたいと漠然と思っていたこの場所に、実際こうして来れたことに心から感謝をした。嬉しくてテンション上がりっぱなし。腰痛持ちで閉所恐怖症の私が躊躇せずピラミッドの中に入れたのが今思えば不思議なのだが、ここまで来たら何が起ころうが入るぞ!と腹をくくりましたよ、そりゃ。

入口までをも1歩1歩をかみしめて歩いた。

クフ王様のピラミッドを歩く。
私は今、4600年ほど前に造られた偉大なる建造物の上を歩いているのだ!! と思うと、感無量だった。

 

クフ王ピラミッドのふもと。左側の凹んでいるところが入り口。(じつは盗掘用に掘られた入り口だったが、偶然玄室に向かう通路と中でぶつかったのだそうだ)

いよいよ入口、入ったら最後、後戻りはできないと自分に言い聞かせ、人一人がやっと通れるような暗い通路を延々と進む。身をかがめながら、緩やかな傾斜をひたすら前進していると、いきなり急傾斜になったり、一瞬だけ直立できる空間が出てきたかと思うと、またしゃがみこまないと歩けなくなったりと、精神状態がおかしなことになってくる。

どこかに窓はないのか…(あるわけがない!)息が苦しい…(そっかマスクしていた)

ずいぶん先に光が見える、あそこまで行けば外が見える隙間があったりするのかな?と、かすかな期待を持ちながら光を求める虫の如く進んでいく、辿り着いてみれば人工光の明かりだった。

そっか、ここはピラミッドの中、窓なんてあるわけないし、外の空気なんて吸えるわけがないのだ。想像するとパニックになりそうだからやめた。(いや、この時ひそかにプチパニックだった気がする)

まだだろうか・・・いつまでこの体勢が続く?腰が痛い。でも我慢できないほどじゃない。(いざとなったらロキソニンだ!)

それよりも私の不安は別なところにあった。頭の上がすぐ天井というシチュエーションは恐怖以外の何物でもない事を知る。しかも立ってる状態ではなく、かがんだ状態でだ。

そう、まさにこれはモグラが土の中を穴掘って進んでいる感じだ、これ!

今もしピラミッドが崩れたら、生き埋め間違いなし!

そんなことを考えながらひたすら上を目指す。

そうこうしているうちにクフ王様の石棺のある玄室に到着!

(ナポレオンがあの石棺に入って一晩過ごしたって本当だろうか…変な奴だ)

ピラミッドの中は撮影禁止のため写真はないが、今でもしっかり目に焼きついている。石棺以外何もない真っ暗な空間が。

 

ピラミッドから無事脱出、帰路は往路の恐怖に比べたらあっという間に感じられた。それにしてもあの体勢でなんとか腰痛がもったのが不思議でならない。

これはクフ王様のおぼし召しに違いないな。

外の空気を吸った瞬間、なにか達成感のような清々しい気分になれた。

今更ながらだが、ピラミッドの中に入ってみてなお、ホントにどうやってこんな凄いもん造ったんだろう?と小学生並みの素朴な疑問ばかりが湧いてきたが、いろんな説があるにせよ、その答えを明確に証明できる人はたぶん存在しないのだと思うと、

なんだかそれが嬉しくも思えた。謎は謎のままであってほしい。

 

地上に着いてあらためてピラミッドを見上げ、これまでこのピラミッドが見てきたであろう4600年間をうまく想像することはできなかったが、人の一生の短さだけは痛感させられた気がする。

ピラミッドは偉大だ!クフ王様、こんなものを残してくれて本当にありがとう。

時は西暦2019年、クフ王ピラミッド前。スーツ着て商談している人がいてもおかしくはない。

<カフラ―王(クフ王の息子)のピラミッド>

多くのピラミッドの表面は磨かれた花崗岩の化粧板で造られていたらしい。太陽光の反射率が高ければ遠くから見た時でも輝いて見えるからだ。実際、ピラミッドは太陽の角度によっては白く光っていたそうだ。

(当時のピラミッドの反射率は18%グレーではなかったんだろうな…)

いまはその表面の花崗岩はすべて剥がされ盗まれて、ヨーロッパ各地の建造物などに使われちゃってたりするらしい。この辺が笑えるところであり、笑えないところでもある。しかし、いまも唯一残っている部分があるのがカフラー王のピラミッド。そう、あのてっぺんの三角部分がそれだ!この日の陽の角度ではわからなかったけど、もしかしたら今もあの部分だけ光って見える瞬間帯があるのかも・・・ステキだ!

<スフィンクス>

カフラー王の顔に似せて造られたという説もあるようだけど、じつはピラミッドよりも前にスフィンクスは存在していた説が浮上。興味のある方は調べてみてほしい。

そういえば、ナポレオンがエジプトに来た時に、隊がスフィンクスの顔を的にして射撃訓練をしていたって話がある。ナポレオン、なんてヤツ!やりたい放題だ。

でもその話も本当なのかどうか、とにかくピラミッドやスフィンクスに関しての逸話は絶えないので、何が事実なのかよくわからない。だから楽しいのだけど…。

スフィンクスの胴体部分あたりの修復作業をしていた職人さんたち。スフィンクスを修復できるなんて名誉ある仕事だよなぁ…

<メンカウラ―王(カフラ―王の息子)のピラミッド>

3つのピラミッドの中で最も小さいのがメンカウラ―王のピラミッド。(建設途中で財政難に陥ったから、こじんまりしちゃったという説も)後ろに小さく見えているのが王妃たちのピラミッド。

こちらの面では見えてないが、北面にガッツリ削られたような傷跡があるらしい。それはピラミッドを破壊しようとした者が破壊できずに終わった名残だそうだ。1837年にイギリス人が玄室から遺体の一部を発見し、大英博物館に持ち帰ろうとしたところ、まさかの船が沈没!

石棺ごと失われてしまったため、その遺体がカウラ―王のものだったのかどうかは、もはや誰も知る由もない。残念。

<カイロ市街 >

古代から高度な文明を持ち、いまなおたくさんの凄すぎる世界遺産を持つエジプトだが、カイロの街の中を見ると唖然としてしまうのは私だけではないと思う。

そこはまさにカオスだ!

なぜだろう…世界に誇れる遺産があり、日々世界中から膨大な数の観光客がやって来る国、なのに人々の暮らしはとうてい豊かには見えない。

街なかをザっと見渡しても、そこはとても不衛生に見える。

でも光化学スモッグの中に於いても人々はタフだ!子供たちも逞しい。

もっともっとエジプトを知りたい。

バスの中から撮影

道路には車線も横断歩道もなく超テキトー。ぶつからないよう車もバイクも人も牛や馬も車椅子の人までもうまい具合に行きかっている。これって古代と現代が混ざり合って、折り合いよく機能していると言っていいんだろうな。

ある意味みんな器用だ。

もし、東京でこれやったら事故だらけで大パニックになる。

 

さて、8日間の私のエジプトの旅はこれで終了。

感想は・・・濃かった。

いい意味でとても濃かった!エジプトって治安悪そうで、空気も埃っぽそうだし、ナイル川なんてどうせ汚たない川なんだろうな・・・って思っていた。

そして実際に来てみると、これらの予想の半分は当たっていた。(笑)

空気が埃っぽいかに関しては、前述のとおりだ。が、カイロ以外は大丈夫だし、ナイル川沿いは自然も美しいし、何と言ってもナイル川自体はエメラルドグリーンで水はとても綺麗だった。

(比べてはいけないが、今思えばドナウ川のほうが全然ドロ色だ)

治安に関しては、物売りのしつこさはピカイチかもしれないが、スリとかひったくりとか置き引きなどに注意しましょう的な事を今回まったく聞かなかったし、実際そういう目に合ってる人も見なかった。逆に他の先進国の観光地のほうがその手の輩は多い気がする。(添乗員もそう言っていた)

エジプト人は他のアラブ諸国の人に比べ、何か素朴なイメージを持ったのだが、それは私の気のせいなのか、もっと恐そうな人たちを想像していたけど、全然違った。

その代わりと言ってはなんだけど、確実にテロリストに狙われている国だ。(そっちだ、問題は!)普通の国はスリ、ひったくりはいてもテロリストはそうそういない。

でもエジプトにはいる!というか、やって来る!

実際に帰国後まもなく、私たちが最後に宿泊したホテルの真ん前(来年2020年オープン予定の大博物館前)で、観光バスを狙った爆破事件が起きた。今回は死者こそ出なかったが、南アフリカ人観光客の17人が負傷した。

一歩間違えば自分たちの乗ったバスだったかもしれない。

やはり防弾チョッキ持参はマジでアリだと思う。(e -bayで買えるが、銃撃戦はともかく、爆破テロの場合は防弾チョッキも意味がないけど)

きっとまたテロは起こるだろうと思う。でも、それでもまた行きたいと思ってしまうほど、エジプトはすごく魅力的な国だった。次に行くときはすべてを別な角度、別な視野で見てみたい。もっとちゃんと勉強もしていこう!

余談だけど、ピラミッドパワーは帰国後しばらく続いて、4か月以上経ったいまは薄れた感はあるが(笑)、行く前より自分が心身ともに元気になっていることはわかる。ここ数年あれだけ酷かった腰痛も、今は整体にもカイロプラクティックにも行かずに済んでいるのは不思議である。

エジプトありがとう。またいつか・・・